日記第三版


Aug 14, 2013 (Wed)

# 『ノモンハン戦争』

ノモンハン戦争―モンゴルと満洲国 (岩波新書)(田中 克彦)

著者は戦史家でも歴史学者でもなく言語学者。今から30年以上前『ことばと国家』という岩波新書で、ことばと社会性、民族について鋭く描いています。

僕が大学受験のときに入試か過去問で、この『ことばと国家』に出会ったことが著者を知ったきかっけでした。良い題材を選んでくれました(その時の大学は落ちましたが)。

ノモンハン戦争*1は日本軍とソ連軍の戦いだと思っている人が多いのではないかと思います。多少歴史に詳しい人ならば日本軍・満州国軍とソ連軍・モンゴル人民共和国軍の軍隊が関わっていたと思い浮かべるでしょう。

本書は戦史は描いていません。ノモンハン戦争を通してモンゴルという民族について描いています。ノモンハン戦争の起きた場所は、モンゴルの部族であるバルガ族とハルハ族の部族境でした。内蒙古に住んでいたのがバルガ族、外蒙古がハルハ族。2つの部族は親しいけれども違うものとしてお互いを意識していて、漢民族のような外敵が来るとモンゴルとしての民族意識を抱くらしい。清朝の時代、2つの部族は清の勢力下にあり、たえず遊牧の地を農耕化しようとする漢民族の侵入と戦っていました。清朝の崩壊によりハルハ族の外蒙古は独立(事実上はソビエトの衛星国)モンゴル人民共和国となり、その後満州国の成立により内蒙古は満州国興安省となり、部族境は国境へと変わります。ノモンハン戦争は分断された民族による衝突という側面もあったわけです。この辺りの経緯はいわゆる戦史本での扱いは小さい。

漢族を嫌うモンゴルからすれば満州国を歓迎する雰囲気もあったそうですが、所詮は満州国は日本の傀儡、モンゴル人民共和国はソビエトの衛星国、バルガ、ハルハなどモンゴル民族は自らの運命を決められない状況にありました。しかし、その状況でも、バルガとハルハ諸部族を一つのモンゴルとして独立しようという動きがありました。その考えが日本、とりわけソビエトを刺激し、モンゴルを過酷な運命に結びつけます。一つのモンゴルの動きはモンゴル人民共和国とソ連邦に対する反革命運動であり、ハルハ族がバルガ族と接触する動きは日本側に通じる半革命的な行動として処刑。満州国との国境線確定の会議に出席することでさえ日本と密通する半革命的なふるまいであり、出席者はほぼ会議終了後に処刑されています。この辺りのソビエトの一つのモンゴルへの恐怖心は異常そのもの。

ノモンハン戦争でのモンゴル人民革命軍は戦死者237人、行方不明32人ですが、戦争に先立つ1年半の間に1万9895人が国家反逆罪で処刑されています。毎日400人弱を処刑した計算。さらに言えば、共和国の首相もモスクワに連行され処刑されています。こういった状況で、満州国軍・日本軍と対峙せざるを得なかったモンゴル人民革命軍はどういった心境だったでしょう。ソビエトほど酷くはないにせよ、関東軍はバルガ族の興安省省長を処刑しています*2。このようなモンゴルの情勢を頭に入れて、ノモンハン戦争を眺めてみると兵器の優劣や戦術の良し悪しではないものが見えてきます。

1945年8月10日、モンゴル人民共和国は対日宣戦します。その時のソビエト軍は内蒙古と外蒙古の国境線に留まって、言い方を替えれば、モンゴル人民革命軍が内蒙古の解放へ進むことができないよう割り込んだ配置でした。一つのモンゴルという夢は潰えたのです。ノモンハン戦争も一つのモンゴルの動きを遠ざけた戦争ですが、対日宣戦で一つモンゴルの夢がまた崩れさった。

レーニンが、ウィルソンが唱えた「民族自決」はいったい何なのだろうなと読んでいて思いました。東欧や中東の民族が複雑で民族紛争を誘発していることはよくテレビでも報じられていますが、かつて日本も関わった戦争に、民族問題がかかわっていることはもっと知られて良いと思いました。

関連書籍

ことばと国家 (岩波新書)
田中 克彦
岩波書店
¥ 756

ノモンハンの戦い (岩波現代文庫)
シーシキン/田中 克彦
岩波書店
¥ 1,050

Tags: books

*1 著者はノモンハン事件を戦争と呼ぶ。モンゴル人民共和国ではハルハ河戦争と呼んでいる。日本とソビエトは公式には戦争と称していない。

*2 関東軍憲兵隊司令官東条英機が深く関与していたらしい