kayakaya日記
Aug 10, 2009 (Mon)
# 第七回Wikiばな 〜 Wikiの起源へ〜
8月8日土曜日に第七回Wikiばなに行ってきました。帰って日記を書くまでがWikiばならしいので、忘れずに書いておきます。だから日記を書いた日がWikiばななのです(後で書くにもほどがあります)。Wikiばな関係は、2005年12月のWiki小話Vol.4以来の参加。あれから4年近くも経っているかーと感慨。兵庫から日帰り参加でハードでしたが、Wikiばな楽しかったです。スタッフと発表者の皆さん、そして参加者の皆さん、ありがとうございました。
内容は手書きメモと感想の対になってます。事実の確認はUstreamの録画や WikiBana/VOL.7/参加者による報告リンク集をあたってくださいね。
Wikiの起源へ by 江渡浩一郎さん
- 江渡さんに個人にとってのWiki話
- sysopが書いた内容を削除したという事例を海外のコンピュータ雑誌で読んで驚いた
- パソコン通信ハンドブックで、情報民主主義を提唱されているのを知り、パソ通を初めた
- 江渡さんの興味はパソコン通信への技術的関心ではなく、情報民主主義に参加するという意識があった
- 大学ではインタラクティブアートに取り組む
- ネットワークは使うだけではないので、見るだけではなく書き込めるページを作りたい
- そこにCGIが登場して飛び付いた
- ユーザ参加によってなされるコミュニケーション空間に焦点を当てた
- それができた背景には、KFCの普及活動もある
- 産総研に就職してWikiを知る。2002年のこと
- Wikiは技術的にすごくないのに使うとすごい落差がある
- 芸大でWikiを使うことにした
- 教員と学生が共同で新しいキャンパスを作っていこうという理想があった
- qwikiweb
- Wikiの調査をして、Wikiの機能とは何かを問う
- 結局、パターンは自分で作ってみないと分からない
- で、何がいいたかったのか?と言われる (← かなり会場が和んだと思う)
- 使い方firstで機能がある
- 吉岡さんとの質疑応答
- 情報民主主義と関連して、濱野さん*1のことを少し
- 情報決定論と社会決定論でもなく第三の道を探りたいとのこと。
感想
江渡さんのパソ通への興味はいきなり情報民主主義で逆だったのか、と驚きました。参加という意識が強かったのだろうと勝手に想像しています。芸大Wiki(このような名前かは失念してる)の背景に新しいキャンパスで、教員と学生で一緒にキャンパスを作ろうという意識があったところに関心が向きました。「参加の原則」が暗黙としてあった事例なのでしょうか。
『パターン、Wiki、XP』を読んで思ったのは、とにかく自制して自説を抑えて書かれている印象を受けたので、そのいきさつ話を知ることができた点で良かったです。
レビューパターン by 稲尾尚徳さん
- 『パターン、Wiki、XP』の編集担当
- WEB+DB Plusの人。WEB+DBの執筆者が会場にたくさん
- 江渡さんが執筆者だが、レビューアとして複数(全員が発表者)が参加
- shinoさんが2部と3部を入れかえる提案をする
- 角谷さんがアレグザンダーの6つの原則とWiki、XPの比較を提案
- 島田さんが影のMVP
- 執筆用に2つのMLを用意、qwikweb
- レビューアも参加
- 稲尾さんと江渡さんだけ
- 編集の稲尾さんが江渡さんに苦言を呈するくらいになったらしい(笑)
コメント
執筆者が開発したWiki(ML)を使って、Wikiに関する本を執筆編集している……紙とインク、入力端末、ネット端末としてPCなどのハードウェア以外は……つまりソフトウェアの部分は全部自作。おまけにオープンな編集作業、ある意味全体がWiki的な本だなぁと実感した次第。実際に、『パターン、Wiki、XP』出版までの経緯本を作ったらどうかという声が会場から複数出てました。その本が馬鹿売れして、その後にレビューパターンだから、真似しただけの編集ルールにしちゃダメよという流れ。それをネタに、さらにWikiばな開催となると面白いかもしれないと(不謹慎に)思いました。
稲尾さんはご自身で滑舌が良くない(Wikiとか発音しにくい意味で)と言ってましたが、全体として明確にしゃきしゃき喋る方だなーと思いました。
Wikizenアパート by 塚本牧生さん
- WikiZen
- Wiki + citizen → WikiZen
- SNSチームから仮想化チームへ
- 残してきたWikiがどうなるか心配
- 予想外にWikiが更新されていて驚いた
- 代替わりする感じ
- リフォーム (← いい表現だと思った)
- Wikiの住人が入れ替わる
- Wikiの住人という考え方
- 入れ替わる現象は「幸運」ではなく「一般的」
- 組織内Wikiで見られる現象とのこと
- 住人が入れかわるWiki
- 一戸建てではない
- ホテル暮らしではない
- マンションやアパートのようなもの
- なにかの活動のためのWiki
- 大学みたいに何年か通うような
- コアがある場合は活動する
感想
Wikiがマンションやアパートというたとえは、しっくり来るものがありました。Wikiは都市的だなと思うところがあり、その辺りについて、つかもとさんと立ち話できました。「都市はツリーではない」の都市の考え方とは違い、都市と農村(田舎)のような対比でした。
(うまく、説明できなかったと思うので、文章にすると、都市とWikiは似ている。定住者がいない。人が流れる場所だから都市ができる。その都市は一人の住人の所有物が少ない場所。そこはWikiと繋がるところあるかもしれません。農村では一戸建てがほとんどで土地はずーっとオレのものというのがです。農村の人間関係は濃密(と一般的に)言いますが、人と繋がってもWikiぽくはない。固定化された人間関係で動いている世界だからかなと。農村に古くからあった共有地は変遷してゆくものではない。とにかく、所有に対するイメージを考えないとWikiを語れないはず。というのが近頃の疑問。そういえば、Wikiでもスレッドモードからドキュメントモードに移るときには、何となく共有だけど個々の編集成果を、完全に共有にしてしまう。それをやりやすいところ、やりにくいところの線引き(勘所かな)というのは重要かなと思ってます)。
このアパートのイメージは一刻館というのがTwitterの発言でありましたが、確かにそういう感じがしますね。
「老子」からWikiWayへ by しばむらしのぶさん
- インド、東洋に反応
- オレゴン大学、ヒッピー文化に反応
- WikiWay
- WayはTaoの道
- Taoの言葉が使われていない理由
- 2000年にTaoの言葉を使うのは恥かしかったのではという指摘
- その時のスライドの写真は長髪なヒッピー(笑)
- 老子について
- 老子は誰かという諸説紹介
- オススメの老子本紹介
- 「無名の質」 ≒ 老子
- ( 時間切れでWikiWayに戻れなかったのが残念)
感想
直球勝負(これを変化球と捉えるか/直球と捉えるか)で「無名の質」から老子に入っているのでスゴイと思いました。Wikiの源流地偵察隊という感じでしょうか。僕は東洋思想は苦手なのでWikiWayの道のりをTaoとして辿るのは僕には無理だなぁ。うう(涙)。この方面で攻めてくれる人はいてほしいです。
第一回Wikiばなの参加者ついて触れられていて自分の名前が出ていて驚き。来場者の立場は僕だけなんだなぁ……。これについては、Wikiばなに参加できなかった期間のことなど、いろいろ思うところはあるのですが、僕自身は今回参加できただけでも良かったです。
C2Wiki、カニンガム、WikiWay by 島田慶樹さん
- C2 Wikiについて
- 各ページの解説
- WalledGareden
- ページのリンクはあるが、外のページにリンクしてない閉じている
感想
C2 Wikiは知らない人(見たことがある程度なので)ほほーうと思いまいた。WalledGaredenなんてものもあるのですね。閉じていても関係したいという欲求は当時もあったのかな。島田さんがデスマ中とは知っていたのですが、確かに疲れて見えて心配になりました。なお、島田さんはもっと評価されてしかるべき人だと思ってます。Wikiエンジンの実装者ですし、S式プラグインもあります。
The Nature of Order by 中埜博さん
- 「無名の質」
- 名づけらないけど感動する
- 第六感をもって発見
- 美
- 正しい
- 無我
- etc...
- 感動する質
- ( 無自覚の分化 )
- 「生命構造」
- 「命の質」
- 美しいモノの実験
- 写真を見せて
- アレグザンダー
- ソフトとハードの一体性
- 中世は一体
- 近代は専門家
- アレグザンダーは専門家の分化がうまく働いていないと指摘
- 専門家だけの手が
- 第三者が入ることによって良くなるさらに強いネットワークが形成される
- 個性があるけど共有しているものもある、無意識の共有
- ツリー構造の欠陥
- マインドマップ批判(笑)
- コンピュータのデータ
- 平等だと考えられている
- ソフトとハードの一体性
- ボトムアップの法律はない
- カーペットの模様から発見するもの
- 形はルールではなく、言葉として表現されるもの
- SPTプロセス
- 兵隊さんとスープの話
コメント
アレグザンダーの研究を実践してきた建築家の話だけにドキドキ。無名の質は「生命構造」や「命の質」とい言い切るだけあって、エネルギッシュで引き込むがの上手いという印象。中埜さんのがとても分かりやすかったのに比べると、この発表は聴衆をカオスに追い込む演説だったような。そこが魅力的でもありました。
ただ、無名の質が生命の方向、定義しにくい方向に向いているのが気になってます。実際のところ目に見えるパターンについて議論することはできるけれど、見えない「無名の質」について議論しながら、合意するのは難しいはず。その意味では、パターンを見つけられる、少なくとも見つける意欲を持つチームやコミュニティ、建築に参加るする人数は鍵になるはず。そのような研究はあるのかなと気になりました。実際にパターンを(もの|まち)づくりに使う上では外せないところかなと思うのです。
The Nature of Software Development by 角谷信太郎さん
- 構造保存変換
- 漸進的成長
- アジャイルには「俊敏な」だけではなく「いきいきとした」という用例がある
- 「自然なソフトウェアってあるのかな?」
- ハッカーとか、オープンソースの慣習、文化がソフトウェアの自然
感想
角谷さんの独特のスライドは見たことがあるのですが、スライドではさっぱり分からなんなーと思い(失礼!)、その後ustなども見ふと何となくイメージが掴めたような気もしたけれど、やっぱり生で見ないと分からないタイプの発表の人なんだろうなーと思っていたらやっぱり。独特のスライド、身振り手振りが大きい、もう体全体で表現しているぜ!というライブ感がスゴイかったです。
自然なソフトウェアという言葉に引かれるものがありました。僕がハッカーとか、オープンソースの慣習、文化とは無縁に近い開発のところにいたからかもしれません。
Wikiみたいなマンション、"沢マン"。そして"The Nature of Order"へ by 懸田剛さん
- セルフビルドマンション、鉄筋コンクリート、違法建築(ぇ
- 沢マンの方法は経営的にも合理的
- 1F完成→部屋を貸す、2F完成→部屋を貸す、3F完成→部屋を貸す
- コミュニティの生成
- 普通のマンションでは住人の関係性はない
- 沢マンを中心にしたコミュニティ
- つくる人、つかう人の近接化
- Community Generated System (CGS)
- 漸進的成長
- 途中で中止可能
- システム開発の話では
- フレームワークは生産性はイイけれど、変更するのが大変
感想
沢田マンションは自作マンションくらいしか知らなかったので、懸田さんの発表を聞いて驚きました。帰りの車中で会場で配布されていたEM-ZEROを読んでふむふむと。建築やソフトウェアだけでなく、都市計画やコミュニティ論の社会学者も行くべき。特殊な例だけど、原点ではあるありますもん。どのように交流を活発にする仕組み(ベランダ兼通路)を作りつつ、そしてプライバシーを確保しているなどが漸進的成長によって作られている事例として興味深いなぁと思います。
LT
LTなるものを初めて見たのですが、メモするのは諦めてほとんどぼーっと体感して見ていたような。もちろん銅鑼も初めて。
- 江渡本、Wikiばな、Wiki Way by yomoyomoさん
- 踏み石の話にじーんとなりました
- Wiki == Web または eto本のp119でごはん3杯おかわりする方法 by 荻野淳也さん
- テレビと受像機の関係は、Wikiにもあって、Wikiエンジンと書き換えらえるという編集機能とそこから派生する活動などが複数あってややこしいなと。
- パターンがないというパターン - 茶室という建造物 - by 渋川よしきさん
- 茶室はギャップ萌え
- Wikiのカタチ by artonさん
- カタチって何だろうと思っていたら、可視化だったとは! 続きは懇親会で(涙)。
- 小人は何をする人ぞ——Wikiのユーザ行動を探る by svslabさん
- このような学問的な分析は知りたい。
- 「小人さんは死んだ」 by ただただしさん
- 実は小人さんを救え、護岸パターン、河口堰パターン、ダムパターン……(笑)。小人さんの敵を具体的なWikiを事例にして。救済案を提案。動画でぴったりの時間にする発想がスゴイ。
- Wikiの商業的なサービスを始めます by 須佐忠弘さん
- デヂエは使いやすいという声はよく聞くので、Wikiの商業サービスでもデヂエの文化を組込めると良いかも。
- Wikiパターン by kdmsnrさん
- wikipatternsの紹介。パターンの例になる絵が……。ネタ的コミュニケーションが上手な人だなぁ。ある意味これもギャップ萌えなんですかね。wikipatternsは翻訳で読んでみたいです。
- 勉強会とパターンとWikiとXPとオープンイノベーションと by よしおかひろたかさん
- 真面目にこういう勉強会は民主主義にとって必要な善だと思いました。政治目的でなくても民主主義に役立ってるはず。政治思想ではトクヴィル的な文脈で。
- Wiki+Gyazo=Gyazz! by 増井俊之さん
- テキストエリアなしにシームレスに編集できるのが増井さんらしいなと思う。おおー、へーっと見惚れてしまった。第一回Wikiばなの廃れ表示機能のデモを思い出したかも。この手のものは慣れると便利なのですが、これが編集できるものだと気づける人はどれだけいるのかな。
帰りの車中でメモした独りつぶやきみたいなもの
- Wiki的と言われても、今だに落ち着く先が見えてこない、いつまで経ってもデジャブなところはある
- だからWikiばなネタがあるんだろうなー
- 無名の質について、「 "なぜだか分からないけど" 美しい、いきいきしている……。「なぜだか分からないけど」、「なぜだか分からないけど」のループ」とtweetしている
- 「なぜだか分からないけど」を少し考えないでおきたい
- 参加と漸進的成長の原則が適用できる区分を考えてみる
- DIYできるもの、できないもの
- DIYできないものは存在しないのか
- DIYしたいもの、したくならないもの
- 人と関りたいところ、人と関わりたくないところ
- 根底では、人をリソースにしてだけ捉えてはダメな姿勢は必要
- 専門家主義はどうしてもリソース活用の方向に走ってしまう、利用者すらリソースにしてしまう弊害
- 吉岡さんのLTで、セミナーと勉強会との対比では、セミナーの場合の受講者はリソースになっているのではないか。
- リソースとして捉えると、人の関係が見えなくなりがち。
- 社会決定論と情報決定論に似た話はずーっと前からある。きっかけにはなるけど、それに囚われたくない
- 社会が個人を規定するか、個人が社会を規定するか、みたいな話はもう紙の上では古代ギリシャくらいかあるよね。たしか。
- マルクスの下部構造と上部構造の話も似ているところがあるし……
- 技術なり制度がその存在を意識させずに人に与える影響を考えたい。アーキテクチャーとかデザインの話にもなる。
追記 増井さんのことが抜けていたので追記。どこにもメモしていなくて記憶にしかないというのが盲点でした。申し訳ありません(平謝り)。
*1 『アーキテクチャーの生態系』の著者
年間聖句(2010年)
あながたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。
新共同訳聖書ガラテヤの信徒への手紙3章26節You are all sons of God through faith in Christ Jesus. for all or you who were baptized into Christ have clothed youselves with Christ.
Galatians 3:26-27 (New International Version)
