kayakaya日記
Jun 07, 2009 (Sun)
# 『ゲーム脳の恐怖』森昭雄
じゃんけんの後出しのような気がして取り上げなかったのだけど、やっぱり書いておく。
まず僕は脳科学のことはよく分からない。NHKスペシャルなどのテレビ番組を見てふむふむと思えるレベルだ。所詮雑学レベルの知識で科学ではない。が、倫理的判断と科学的知見を見分けることはできると思っている。
脳科学云々よりサンプルが乱暴だとか実験的手法がマズいのは言うまでもないし、いろんな書評でも取り上げられている。例えばソフトウェア開発者の脳波を測定して機器の故障かと思ったくらい脳が動いていないと驚いたと書いてある。だから画面を見て作業する行為が云々とか。でも、元ソフトウェア開発者としては、測定時にアクセサを作るだけの簡単なお仕事をしていたとしたら笑いますね。一箇所だけ取り上げて、本書全体が破綻しているかのように書くのもどうかもしれないが、この本だったら著者の観察力とか取り上げる力を知る上で役に立つのでは。
さて、本書がマズいのは、
- 著者が実験した脳科学の結果
- 著者がこうあってほしい理想の子ども
を混同しているところ。ゲームばかりしている子どもに疑問を持つことは大切だから、実験のスタートとしては間違っていないし、新しい現象を研究してほしいと思う。でも、科学的知見とあるべき子どもを混同したらいけないでしょう。ただ、人を扱うのでどうしても科学的知見と理想の人間観が混ざってしまうのは仕方がない学問分野ではあるから、その辺りの匙加減はとても難しい。
数式が登場する経済学であっても、学者の理想の社会観が色濃く反映されている。このことはたいていの人は知っている。ただ、日常生活ではあまり関係がないし、事象が大きすぎるから、普通の人がその学説に直接影響されて生活できない(日常生活でケインズを実践すると言っても無理)。金融の本を読んで株で失敗する人は知らないですけど……。
彼の脳科学とかは個々人の生活に直接関わってくる。だから理想と絡むと厄介かもしれない。悪い意味で人を惑してしまう。近頃、一般向けの心理学とか脳科学本が多いけれど、科学的調味料をふりかけただけの自己実現本とかライフハック本の匂いがぷんぷんする。それだけ生き方の指針を求めている人が多いのだろうし、そういう人をターゲットにする著者や出版社そしてブログも(?)が多いということだ。まぁ、いつの時代にもある話だろうなとも思う。ともかく、本書はそういう意味での脳科学本の走りだったのかも。タイトルも上手いし、恐怖感のあおり方も絶妙。真面目に脳科学や心理学を研究している人が気の毒になります。
ちなみに、『ITに殺される子どもたち 蔓延するゲーム脳』もさらっと読んでみたけれど、似たような感想を持ったので書きません。森昭雄さんが『自壊する脳科学脳』とか出版したら真剣になって読みますけどね。
# 個人Wikiを閉じたその理由
本日、個人Wikiを閉じた。kayakaya.netは日記とWikiの2つのコンテンツで運営していて、日記はそれなりに更新していたけれど、Wikiは著作権表示やリンクポリシーくらいにしか使っていない(他にもページはあったけど)。わざわざ別にWikiを設置する必要がなさそうなので閉じた次第というのが第一の理由。
二つめの理由としては、こちらが本音かもしれないが。
個人Wikiを閉じようかな、と思ったのは一月前で、あのQUATER POUNDER wikiがきっかけ。あのサイトを見たときに、僕はどこで編集できるのかなと思った。単語をダブルクリックしたら編集できる手法か!?とか想像してしまったくらいだもの。とにかく「Wikiは編集できるもの」という感覚が自分の中であったみたい。じゃあ、僕の個人Wikiどうだろう。あまりWikiぽくないよねと思ってしまったのだ。トップページにWikiというリンクがあって、Wikiのページに飛んでも閲覧できるだけ。訪問者は編集できない。メンバーなら編集可などの情報が示してあれば親切だろうけれど、僕のところはログインのリンクがあるだけで、それも僕しかログインできないという……。誰が編集可能か示していない不親切な作りで、訪問者を困惑させたかもしれないと考えてしまったのだ。結局、僕の個人Wikiは個人Wikiではなく自分勝手Wikiだったのかもね(書いていてふと思いついた言葉なので定着している用語ではないです)。少なくともWebで公開しているWikiならば、編集できるのが誰なのかが誰にでも分かるようにしていないとダメだろうなと。
pediaとWikiの混同とかではなく、Wikiって何だろうね、ということを少しだけ考えてしまった。もちろん、Wikiエンジンはとても便利なのものなので、個人がCMSとして使うのも大いにアリだと思っている。本人以外が編集できない個人Wikiのデザインもまた面白い話だと思うけれどここでは書かない。当たり前の結論になるけれど、やっぱり使い方の問題だろうね、というところに落ち着く。
年間聖句(2010年)
あながたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。
新共同訳聖書ガラテヤの信徒への手紙3章26節You are all sons of God through faith in Christ Jesus. for all or you who were baptized into Christ have clothed youselves with Christ.
Galatians 3:26-27 (New International Version)
