kayakaya日記
May 25, 2009 (Mon)
# 『残された人びと』
未来少年コナンの原作だというので読んでみた。アニメに原作のタイトルが書いてあったので、いつか読みたいと思っていたのだけど、気がつくと時が経って、コナンを初めて見てから20年以上は経過しているはず。
さてさて、
うん、とても良い児童文学だった。でも児童文学は意識しなくても良いと思う。ゲド戦記は児童文学かな?程度の意味合い。対象年齢高学年以上のSFだと思えば誰でも楽しめのでは。と書いているけれど、最初は作品に入りこめなくて2、3日放置してしまったことも告白しておこう。それから、ふと布団で再び手にとって読んだら引きずり込まれてしまって一気に読了(あー寝不足)。
工業化や監視社会とか全体主義に対する批判が多い、70年代的なリベラルな雰囲気がぷんぷんする。そんな空気があふれるインダストリアにコナンはおおいに怒る。すると先生が落ち着いて諭す。その2人の会話が良い。でも先生は理性の人だけではないのがポイントで、先生に大切なのは祈りと神の声だ。そして神べったりでもない。自律しているけれど神を必要としている人間という感じかな。この辺りは作者の人間観がにじみ出ていると思う。
神なき理性主義は可能なのかなぁ?やっぱり無理じゃないかなぁ。どうなんだろう、などとふと考えてしまった。この本を読んで感じた個人観と社会観はというと。神を必要としている個人がいる。その個人は自律している。その個々人をお互いに繋ぐのは神ではなく、そこから先は個々人の意志じゃないかな。というもの。あまり社会を繋ぐものとしては神を捉えていない気がした。この辺りは読み手の裁量が大きいので他の人はどのように読んだのだろうと興味がある。
崩壊する世界の中で、どうしようもないように思えてくるけれど、希望はある。こんな作品がある世の中は捨てたものじゃないと思う。希望は君に託された、というところは好きだな。さらに書くと、最終的な正解がなさそうなのが好き。
ちなみに、この本は絶版なんだ。だから近隣の図書館から取り寄せてもらった。ぜひぜひ復刊してほしい。
そういえば、アニメの原作と書いているけれど、アニメはほぼ意識せずに読んでいた気がする。けれども、最初の方はコナンの声はのび太と同じで困ってしまった……。これはアニメに共通する問題なんですけどね。え、のび太も好きですよ、となるなどして、この手の話は長くなる傾向にあるのでおしまい。
年間聖句(2010年)
あながたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。
新共同訳聖書ガラテヤの信徒への手紙3章26節
You are all sons of God through faith in Christ Jesus. for all or you who were baptized into Christ have clothed youselves with Christ.
Galatians 3:26-27 (New International Version)
