kayakaya日記
May 01, 2009 (Fri)
# 『サラミスの兵士たち』
新聞の書評欄で取り上げた本のコーナーで見かけた。スペイン内戦がテーマらしい、と知って読まねばと思った。というのもスペイン内戦には少しばかり関心があるけれど、今まで何を読んでもスペイン内戦が分からなくなるからだった。読めば読むほど分からなくなる。少くとも日本語で入手できる分りやすい通史にお目にかかっていない。そんな動機で読み始めた。小説だけれど何かあるかな、と。そうしたら、大ありだった。
戦争文学ではなく戦後文学というのがポイントな小説だと思う。小説家になれなかった新聞記者が主人公で、ふとしたきっかけで戦争のことを調べ始める。本人の戦争体験ではないけれど、戦争がテーマというところは『朗読者』に似ているかもしれない(あとがきでも触れらていた)。そういえば、スペイン内戦から今年で70年になる。この小説が出版されたのが2001年だから内戦終結から約62年か。日本では『あの戦争から遠く離れて』がそれなりに話題になった(こちらはノンフィクションだけど)。二項対立から離れて(と言うとおこがましいけれど)第二次大戦を見られる世代が物を書けるようになったのだと思う。世代なのか記憶なのか、はたまた両方なのか知らないけれど、このようは本が出るのには60年とか70年の時間が必要だったのだろう(当たり前だけれども大切だと思うので書いておく)。
スペイン内戦の小説なので、スペイン内戦やヨーロッパ史が多少分かっていないと、読みにくいし分りにくいところが多いかもしれない。例えば……。元人民戦線の兵士が、フランス外人部隊の兵士になって、サラゴサの名前を付けた戦車に乗ってパリを解放する、というエピソードは日本人には理解しづらいと思う。意味ではなくて重みすら感じとることができない気がする。僕も正直分からない。分るような気がするけれど分からないのだ。この本は24カ国で翻訳されたらしいけれど、日本で『朗読者』ほど読まれてなさそうなのはこの辺の理由だろうな。
作中にチリの小説家がちょこっと登場する。スペイン内戦ではなく、アジェンダがピノチェトに対抗して武器を自分たちに渡さなかったことについて触れて小説家曰く「俺たちに武器を渡さなかったからいけないんだ、みんな彼のせいだってね」。と当時思ったらしい。抵抗せずに戦わない、というのも難しいことだろう。そうかと言って意気地無しでいることも難しい。いつの時代でも、黙って従えというのか、という問いに対する正しい回答はないだろう。でもアジェンダは英雄だった、とチリの小説家は言う。英雄って何なのだろうね、というのはこの本のテーマなのだと思う。それにしても、スペイン内戦の本で、結果的に内戦にならなかったチリの作家を登場させるのは巧みだ。
けれども、英雄がどうよりも、英雄にもなれなかった死者への記憶も忘れ難い。主人公はとある老兵士との対話で、オレが死んだらアイツを覚えているものは居なくなるんだ、という老兵士の意志を感じとる。アイツを忘れないためにオレは生きている、いや、アイツの記憶がオレを生かしている、という死者の記憶を背負った者の宿命(上手い表現が見つからない)はいつの時代でも共通することなのかもしれない。
もうとにかく、この小説はオススメ。
年間聖句(2010年)
あながたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。
新共同訳聖書ガラテヤの信徒への手紙3章26節
You are all sons of God through faith in Christ Jesus. for all or you who were baptized into Christ have clothed youselves with Christ.
Galatians 3:26-27 (New International Version)
