2008-02-10
# 無音潜航
(注意書き)この書評は「本が好き!」からの献本によるものです。その点を前提にお読みください。
帯には「日韓同時テロ勃発 海自潜水艦を未曾有の危機が襲う」と記載されている。海自の潜水艦がテロに立ち向かう小説なのかと思えば、さもありなん。テロはあくまで舞台設定にすぎず、潜水艦を戦闘にもってゆくための伏線だったりする。だから、テロやそれをとりまく政治状況に興味がある人には向かない小説だと一言述べておく。本書は、あくまで潜水艦戦をたんまりと堪能したい人向けなのだ。
中国の大連を訪問親善した海自潜水艦『さちしお』は、日本への帰路、謎の遭難者を救助した後、北朝鮮艦船、中国艦船からの執拗な攻撃を受ける。物語の主題はそれらの攻撃を、専守防衛の『さちしお』がいかにかいくぐるかにある。『さちしお』からの攻撃は決して許されない。そして、戦闘の舞台は、黄海。深度は浅く100mに満たない。水上艦は二次元を動く艦船だが、潜水艦は三次元を動く。したがって黄海は潜水艦が戦うには不利な水域である。筆者が、黄海を舞台に選んだのもなかなかのセンスと言えよう。戦闘の途中から水上艦に加えて、中国の対潜哨戒機と原子力潜水艦が『さちしお』に襲いかかる。『さちしお』は日本に辿り着くことができるのか。ハイテンポなストーリー展開であっという間に読めてしまう。
著者は軍事技術を綿密に取材をしているらしく、『無音潜航』では、リアリティのある描写が続く。戦記好きなkayakayaが読んでいても違和感がない。例えばソナーを例にとろう。有名な『沈黙の艦隊』では潜水艦が高速、例えば30ノットを越えるような速度を出していても、正確にソナーで相手艦船の位置を捉えるようなシーンがいくつもある。しかし、現実にはそのような高速ではソナーは効かない。超音波を自ら発するアクティブソナーでも40ノットを出しているともはや有効ではないだろう。音のみを聴音するパッシブソナーでは、自らの機関の出す騒音と表面の水流の雑音が邪魔して、目標を探知するなど絶対に無理な話だ。本書『無音潜航』では10ノット以下くらいでしかパッシブで探知できないよう書いている。
もう一つバッフル・チェックという用語をあげよう。潜水艦のソナーの死角はどこだと思うだろうか。それは真後ろだ。後方は自艦のスクリューが海水を攪拌してしまうため、そのエリア(バッフル)はソナーでは探知できない。そのため、水艦は、後方に艦船が存在するか確認するため一定時間おきにバッフル・チェックという動作を行う。海自の場合は、進路を右に10度切ってバッフル内をソナー探知する。ちなみに、『レッドオクトーバーを追え』に登場するソ連原潜のバッフルチェックは360度旋回してバッフルをソナー探知している。本書でも、きちんとバッフル・チェックが登場し、そのタイミングまで効果的に使われている。バッフル・チェックを行うことでかえって敵艦に自らを露呈させてしまう恐れがあるため、バッフル・チェックをあえて行わないシーンなど細かい描写があるくらいだ。「バッフルチェック」という用語が出てくると、潜水艦モノ好きとしてはたまらない
そのような軍事技術に関する造詣があって、潜水艦戦の臨場感はなかなかのもの。特に、後半の中国原潜と『さちしお』の戦いは圧巻だ。潜水艦に限らないが、戦術とは駆け引きとだましあいだ。見つかってはならない潜水艦の戦術のだましあいは水上艦の上をいく。おまけに、見つかってしまっても、だましあいは続くのだ。手の内を見せるようで見せない、駆け引きが面白い。
潜水艦の戦闘シーンを描くという点では本書はかなり成功していると思う。それだけに、日韓同時テロと『さちしお』が攻撃される「いきさつ」の描写にはいささか不満が残る。テロ発生と朝鮮半島・中国情勢緊迫という状況でのやり取りがほとんどすっぽかされて、いや書かれているけれども、中途半端な気がする。ストーリーの結末も少し残念だ。政治状況を考えると仕方がないのかもしれないが、『さちしお』の活躍を読んだ読者には寂しさを感じさせるのではないだろうか。まぁ、潜水艦といえば光の当たる存在ではなく裏方だから当然といえば当然かもしれないが。
- 池上司
- 角川書店
- 820円
書評/ミステリ・サスペンス

