2008-01-04
# 仕事について、ヒルティの警告
あまり働きすぎてはならない。また一般に、秩序ある暮らし方をすれば、その必要もない。一方、適度な仕事は、力を維持する最上の方法であり、また非活動的な力やたるんだ力を救う唯一の無害な刺戟剤である。
『眠られぬ夜のために』p30
あぁ、この箇所は、まさしくkayakayaに向けられた警告だったのだなぁ、と今振り返ると身に染みて分かる。働き蜂だったけれど、思えば、それほど無理することはなかった。会社にも無理なことは無理と言うべきだった。ただ、当時は、そういうことを言うことを思いつくことすら自分の中から失われていた。その結果、失ったものの代償は大きい。
けれども、それでも今を生きなければならない。どんなに辛くても、しんどくても生きなければならないのだ。しんどいときは足を止めてもよいから、大切なことは、とにかく生きること。そのために、同じ日のヒルティの指針は生きるのに役立つ。
たえずなにか有益な仕事をし、あせったり、心配したりしないこと。またわれわれが出会う事柄やわれわれの気分を、つねにみずから支配し、決してそれられに支配されないこと。
『眠られぬ夜のために』p29
ここで言及されている仕事が、社会で働く、という意味だけに限らないとする。有益な仕事とは、主に結びついて、祈りから始まる、人間の行う全ての事柄を指すのだろう。祈りから始まる、という点は重要だ。祈りは神に自分の心を覗いてもらい、助言を求める行為だ。自分中心ではない。だから祈りから始まる仕事は自分中心ではなく、神とともに歩む仕事だ。と書きつつ、祈りを忘れてしまうことはよくあるんだけどね。とにかく、何事も祈りから始めることが大切だと自分に言い聞かせよう。それこそが、ヒルティも述べているように、自分を律することにつながるのだから。
