2007-09-23
# 沈む
昨夜、気持ちが沈んで、「神さまどうして」という嘆きとともに涙がぼろぼろ出てきた。仕事をすることもできないし、愛するひとに会うこともできない、うつ病の中でどれだけ過ごさなければいけないのか。人生の約1/6をうつとの闘病に費やしている。二人だとがんばれるけれど、一人では虚無になってしまう。何のために生きているのか。生きる意味は後から付いてくる、というけれど、後から、を待つ元気もない。生きるのに疲れてしまった。もちろん、自殺する気はないけれど、ただただため息をつきたくなる。
わたしの魂は息を奪われることを願い
骨にとどまる死を選ぶ。
もうたくさんだ、いつまでも生きていたくない。
ほうっておいてください。
わたしの一生は空しいのです。
ヨブ記7章15〜16節
# 浮かぶ
主任担任牧師が兼牧されている教会での礼拝説教のため、巡回牧師が説教をされた。
礼拝後の茶話会のときに、病気のことなどを巡回牧師に話をしてみた。牧師曰く「信仰があるから大丈夫ですよ」、kayakaya曰く「弱い信仰ですから」。それに対して牧師が「信仰が弱くても、神さんは強いから大丈夫やで」と一言。はっ、とした。肩の荷が降りた気がした。そうか、がんばらなくてもいいんだ。そのままでいいんだ、と改めて気づかされた。そう、神さまは強い、疲れたなら、何も考えずに、すがればよいのだ。祈れなければため息でもいい。たぶん、神さまがどこかで見てくれているだろう。そして、僕は一人ではない。

Jesus loves me, this I know<br>For the Bible tells me so<br>Little ones to him belong<br>They are weak but he is strong<br>Yes, Jesus loves me<br>Yes, Jesus loves me<br>Yes, Jesus loves me<br>The Bible tells me so<br><br>職場で、あるおばあさんに教わりました。「主われを愛す」の英語詞です。
「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(ヨハネ28:20)<br><br>イエスさまが「どこかで」ではなく、kayakayaさんのそばにいて、ともに泣き、ともにため息をついていて、また慰めてくださいますように、「主われを愛す」の賛美とともにお祈りします。
かぷさん、dontaroさん、励ましありがとうございます。ときどき自暴自棄になったりして、我を忘れることもあるかもしれませんが、かぷさん、dontaroさんの祈りを覚えて立ち直りたいと思います。