トップ «前の日記(2007-09-15) 最新 次の日記(2007-09-18)» 編集

kayakaya日記


2007-09-16

# 聖餐のめぐみ del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

主日礼拝に出席。今日はちょうど月に2回ある聖餐式の日だった。聖餐を受けるめぐみを実にありがたく思う。2004年の年間聖句を思い出したので引用しておこう。

あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。

コロサイの信徒への手紙2章6節

聖餐とはイエスを主イエスとして受入れ、それを再確認する儀式という側面があると思う。そうでなければ、パンと葡萄酒はただの食べ物に過ぎない。パンと葡萄酒が主イエスの血と肉であるという信仰があるから、聖餐式は成り立つ。イエスを主イエスとして受け入れたのだから、引用聖句にあるように、主に結ばれて歩ませてもらう、それも聖餐のたびに、いや主日礼拝のたびに、いや一日一日を、主に結ばれて歩ませてもらうのだろう。その中でも聖餐は、イエス・キリストと結ばれるのが五感で分かりやすい。一日一日を主に感謝して生きるのがbestだろうけれど、聖餐や主日礼拝によって、再確認させてもらうことも大切だと思う。初心に帰る場所なんだろうな、と思う。

[]

年間聖句(2008年)

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。

ヨハネによる福音書15章5節(新共同訳)

I am the vine; you are the branches. If a man remains in me and I in him, he will bear much fruit; apart from me you can do nothing.

John 15:5(New International Version)

日記に関する注意書き

トップ «前の日記(2007-09-15) 最新 次の日記(2007-09-18)» 編集