kayakaya日記
Jan 03, 2012 (Tue)
# 虚空蔵山ハイキング
近頃父と山に登ってないなと思って、三田篠山市境にある虚空蔵山に登ってきました。前回虚空蔵山に上ったのは自助グループで行った2010年5月4日。登り始めた時間も遅いし、父も山登りが久しぶりとあって、JR藍本駅から山頂を往復するコースを取ることに。一番お手軽なルート。
途中、虚空蔵堂で休憩したのですが、麓からずっと山道(いちおう石畳ですが)にもかかわらず、お堂の建造物が立派でいつも驚きます。昔は全部人力ですから不思議ではありませんが、それでも感心します。
山頂ではガスストーブでお湯を沸かして、カップラーメンとコンビニおにぎりで昼食。この辺りはかなりテキトーに。寒いのでお手軽に。人数が多ければ鍋なども楽しそうですが、もう少し暖かくなってからが妥当かと。食後はティーパックの紅茶をすすりつつ、山々を眺めてました。曇り空でしたが、淡路島がかすかに見えてました。天気が良ければ播磨灘まで見通せるのですが今日は残念。また今度の楽しみに。
父は2年ぶりくらいの虚空蔵山、僕も昨年新調した35Lザックの使い勝手をみるのにいい機会でした。父が加齢で足腰が弱ってきたなぁと感じたのですが、こういう機会でも作らないと僕も実感しないなぁと思ったり。
Dec 02, 2011 (Fri)
# 「人生、ここにあり!!」
1983年イタリア、ミラノ。精神病院に入院していた元患者たちの協同組合が舞台。法律によりイタリアでは精神病院が全廃されて、地域で生活することになる、そんな時代のお話。あらすじは公式サイトでも見てください。この日記はネタバレあります。
バザリア法。精神病院の廃止と地域での精神保健福祉サービスを謳う法律ですが、綱渡りのような政治的駆け引きや市民運動の後押しがあって成立してます。そう簡単に地域移行はうまくいったのだろうか、という疑問がありました。精神科医にも反対の人はいるでしょうし、地域の人も精神病者に理解を示すようには思えません。それで、当時の雰囲気が掴められれば嬉しいなと思って観ました。
精神の当事者な僕には楽しくもあり、とても心が痛くなる映画でしたね。
武闘派労働組合員ネッロ。彼が元患者の協同組合のマネージャ(?)に左遷されるのですが、その冒頭、彼が元患者の組合員に挨拶し、同僚だから自己紹介するべきだよね?みたいなことを言い、組合員だから仕事しなきゃ、と熱く語って元患者にどん引きされるシーンがあります。
僕がほほーっと思ったのは、ネッロは、元患者を精神障害者としてではなく、労働者としてしか見ていない、こと。一人の人間としてとかそういう難しそうな題目は置いておいても、精神障害者だろうが協同組合の組合員ならば労働者である、と。組合員ならば精神障害者だろうが同僚な訳です。ネッロにとって重要なのは、障害の云々ではなく、組合員かそうでないか。過激な労働組合員の思想の前には、病気なんぞは二の次なのかもしれません。「彼らは給料もらっているのに なぜダメなんだ」という彼のセリフは象徴している気がします。まぁ、労働的ノーマライゼーション過激派なわけですね。そういう思想の持ち主を主人公に置いたところに、映画の違和感のなさがあるのかも。
協同組合の最高議決機関は話し合い。組合員の投票で決まります。ここで大事なのはマネージャクラスのネッロも、元患者で寄せ木細工のプロフェッショナルであるルカもジョージも、UFOからの年金を楽しみにしてさぼりまくりのカルロも、他の組合員も一人一票なところです。ルカとジョージの寄せ木細工が芸術品レベルで売れまくり、組合はベンチャーのスタートアップは終わったぜ、パリへ進出するぜ!とネッロが元患者に呼びかけるシーンがあります。元患者たちは事業でそれなりの賃金収入を得るようになり、人によっては恋人もでき、パリ進出は、ようやく手にした普通並の生活が壊れるかもしれない危険なもの。彼らは反対票を投じて、ネッロの提案を多数決で否決してしまう。その時に、同僚のフルラン医師がネッロに告げた言葉が印象的で、彼らが反対を投じることができるようになったのが、おまえの最大の成果じゃないか、みたいなことを言ったのですよ。とってもじーんとしたのですが、エンパワメントってこんなことかしらね、と思ったのですが、この逸話も協同組合という仕組みがなければ成り立たないわけです。
イタリアにはバザリア法の前に、協同組合(正確には社会的連帯組合と言うべきか)という仕組みがあり、その組合活動に参加する権利、組合の意思決定に参加する権利を、障害の有無に関係なく持っていたことが興味深く、組合員ならば平等という土壌がすでにあったわけです。当事者が意思決定に参加する権利がなければ、当事者主体という言葉は理念倒れになりかねません。もちろん自己決定能力が乏しい障害者もいるわけですから、そこは留意する必要ありますけど。日本で言えば、就労移行支援や就労継続支援A型の利用者が経営に対して一人一票を持っている感じでしょうか。
労働や組合のことばかり書きましたけれど、この舞台はイタリア。旨いご飯に美しい女。ご飯を美味しそうに食べるシーンはそれほど登場しませんが、女を口説くとか、情操教育名目でECの助成金使って娼婦買いに行くとか(実話らしい)。精神障害者もエロいんですね的な話もあり、精神障害者の普通の人なんだよね的な光景が見られてよろしいかと。ただ、どこまでも普通と同じかと言うとそうでもなく、いわゆる健常者との間に暗い溝があるのも事実。例えば、ジョージ(ちなみに彼かなりのイケメン)が、恋した女性から「あわれな障害者に勘違いさせてしまった」というセリフを聞いてしまって、自殺してしまうのですけど、時々登場する精神障害者としての扱われ方にとても心が痛んで正視できないことが何度も。この映画はセリフがとても印象的なので、逆に胸が痛くなるというか、心に刻みつけてしまうというか。
誰もが楽しめるエンターテイメントだとは思えないですけど、精神医療や福祉に関係ない人でも、楽しめると思います。映画として普通に面白いですから。
それにしても、今から30年前が舞台のお話。現在のイタリアはどうなっているのかなぁ、自分の目で見てみたいなぁと思ったのでした。
独断と偏見で選ぶ関連書籍
精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本
岩波書店
¥ 2,520
バザリア法制定までの過程、現在のイタリア精神保健医療福祉のルポルタージュ。後半たるいですが、前半だけでも読む価値があると思います。
自由こそ治療だ―イタリア精神病院解体のレポート
社会評論社
¥ 2,310
読んでないのでここにメモ。
在宅で精神障害者を診るACTの試み。エッセイ風なのでさくさく読めます。
べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく)
医学書院
¥ 2,100
べてるの本の中ではやや古めですが最初の一冊として。
Nov 19, 2011 (Sat)
# JAXA沖縄宇宙通信所
沖縄に行ってきました。学会参加という半ば業務的な旅でしたが、ちゃっかり沖縄観光もしてきましたよ。JAXA沖縄宇宙通信所への訪問。パラボララバーズの皆さま垂涎の南の聖地でございますよ。那覇市内の宿を6時に経って、9時半には宜野湾の学会会場にいるプラン。それゆえ宇宙通信所の滞在時間はわずか。しかも、天候は曇り時々雨。白さが命のパラボラ見物にはついてないお天気。こればかりは致し方ないですねぇ(涙目)。
JAXA沖縄通信所は人工衛星の追跡と管制するための施設群。デカいパラボラたちは電波望遠鏡ではありません。アンテナはだたの通信用です。地球周回軌道の人工衛星を追いかけるので、足回りが早いアンテナが多いという印象(勝手なイメージ)。
詳しくは、
のサイトを見てくださいね。
那覇ICから沖縄自動車道を走り、屋嘉ICを降りて下道へ。県道88号、国道58号を経由して、安富祖集落へ。ココに沖縄宇宙通信所の看板があるので、指示通りに下道を走ると、宇宙通信所に着きます。さらっと書きましたが安富祖集落と宇宙通信所の間で一度迷いました。今はカーナビ装備が普通なので何とかなると思います。
安富祖集落から道を南下すると、目の前にどーんと30mパラボラと付き従うアンテナ群が目に入ってきます。あの光景がたまりませんね〜。ウルトラ警備隊ちっく。運転していて写真に撮れなかったのが悔やまれます。
デカイのは直径30mのWINDSビーコン局および広報用アンテナ。
直系30mありますが、メッシュなので威圧感はありません。直系30m大人(160cm)が 両手を広げて手をつなぐと、直系19人分、円周約59人分らしいです。少子化が進む小学校の生徒で手をつなぐなら一つの学校では足りないかも、と心配してしまう大きさです。見学時間前だったため、間近に近寄れず遠目から写真撮っていました。間近から見上げたかったなぁ。
18m沖縄第2可搬局用パラボラアンテナ。晴れていれば、青い空とアクアブルーの海、そして白いパラボラのディッシュの光景が見られたのにと思うと残念。足回りがごつく低軌道の衛星でも楽々追跡できそうな感じです。
10m沖縄第1可搬局用パラボラアンテナ。10mなので小ぶり。こいつも足回りはしっかりしてるので、ぐいーんと動かすと見応えがあるのではないでしょうか。施設公開日に見てみたいです。
30mのWINDSビーコン局および広報用アンテナと準天頂衛星追跡局を臨む。丸いドームが準天頂衛星の追跡局。ここでの準天頂衛星は「みちびき」。Twitterでみちびきさんと呼ばれてる測位衛星です。
今にも雨が降り出してきそうな天気でしょ。見学中はぱらぱら小雨が降るくらいで何とか持ってくれました。今回の訪問で、南国でパラボラ成分を補充できて幸せ。今度こそ晴れた日に見学して、青い空で白いパラボラの写真を撮りたいですねー。
Nov 09, 2011 (Wed)
# 川代ダム水門工事中
川代ダムに立ち寄ったら、水門工事の最中でした。表示によれば、
平成22年度加古川水系広域農業用水施設総合管理事業 水利設備等(川代ダム洪水吐ゲートワイヤーロープ)更新整備工事
という工事とのこと。長い名前です。広域農業用水?
川代ダムの名前でググっても、ダムマニアなサイトですら紹介されていない知名度の低いダムですが、実は川代ダムは東播磨地区の農業用水の要。川代ダムの水は、トンネルによって隣の三田市にある大川瀬ダムに送水され、大川瀬ダムからさらに東播磨平野へと流される仕組みになっています。昭和に行われた加古川水系の水利事業でも大きなもの。これにより、従来ため池に頼っていた東播磨平野の田んぼがダムからの水によって潤ったわけです。
川代ダムは単純なゲート式ダムで、堰堤の迫力がスゴイとかそういう楽しみはありませんね。このダムの楽しみ方は赤いゲートががんがんと並んでいる様を堪能することでしょう。堰高はたった9m*1、河川法上*2はダムではなく堰かな? と思うのですが、ダムにも行政のWebサイトにも川代ダムと明記してあります。本当の法律上の位置づけはよく分かりません。
滅多に見られないゲート工事に興味津々、じっくりと眺めつつ写真を撮ってました。が、実はダムの構造や工事の現場のことに詳しくない人なので、どこに注目して良いのか分からないままシャッターを切っていただけ。
ゲートに作業員が入り込んでいる様子が見られるなんて。
川代導水路の取水口。塗装工事中でした。ここから大川瀬ダムを送水します。取水口と河床まではそれなりの高さがありますね。
年間聖句(2010年)
初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊の水が面を動いていた。神は言われた。
「光あれ。」
こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。
創世記1章1〜5節(新共同訳)
In the beginning God created the heavens and the earth. Now the earth was formless and empty, darkness was over the surface of the deep, and the Spirit of God was hovering over the waters.
And God said, “Let there be light,” and there was light. God saw that the light was good, and he separated the light from the darkness. God called the light “day,” and the darkness he called “night.” And there was evening, and there was morning—the first day.
Genesis 1:1-5 (New International Version)














